2005年08月05日

「アタリ・ショック」は本当にあったのか?[その4]

 アタリショックとは、市場の崩壊ではなかった。

 そこで起こっていたのは、その後のテレビゲーム・ビジネスで何度くり返された「新しいマシンとの競争」であり、その結果としての「旧マシンの敗北」だった。ATARI VCSは、海を越えてやってきたゲーム&ウォッチ(などのLSIゲーム)に勝てなかった。


 というのが、ここまで展開してきた仮説です。


 もっとも、ATARI VCSのソフト市場での粗製乱造は起こっていなかった、とは思っていません。データを調べるかぎり、「つまらないゲームが大量に登場していた」のは事実のようです。ただし、それは市場を崩壊させたのではなく、ライバル機との競争における致命的なマイナスになった、と考えている次第です。

 以前にも書きましたが、つまらないソフトが増えたくらいでは、市場は崩壊しないと思う。それは、あまりにもゲーム愛好者を馬鹿にした考え方ですよ。

 ゲーム愛好者は、「面白いソフトを探し出す嗅覚がない。目の前にあるソフトを買ってしまうだけの消費者だ。中身を吟味する才能もないに、買ったソフトがつまらなくいと激怒し、ゲームそのものに愛想を尽かすような人たちだ」とでもいうのでしょうか?


 そんなわけ、ないじゃないですか。


 1980年代前半、ATARI VCSは1400万〜1500万の普及を実現したマシンです。少なくとも1400万人のゲーム愛好者がいたのです。その全員が、ゲームを吟味する嗅覚を持ってなかったと考えるのは、いくらなんでも、ゲーム愛好者を馬鹿にしすぎています。

 しかも、その中にはヘビーユーザーもいたはずです。全体の1%として計算しても、10万人を超すヘビーユーザーがいたことになります。

 いつの時代も、ヘビーユーザーの嗅覚は、抜群に鋭いと思うのです。彼らは、優れた開発者が生み出す「より斬新なソフト」「より高度なソフト」「より魅力的なソフト」の匂いをかぎつけて、それらを堪能しようとし続ける人種だからです。たとえ粗製乱造が行われ、つまらないソフトが市場に増えてしまったとしても、その中から面白いソフトを探し出す能力があったと思う。そして、いいソフトさえあれば、市場は崩壊しないと思うのです。ゲーム&ウオッチに押されて縮小することはあっても、消えることはなかったはず。


 にもかかわらず、実際には、ATARI VCSの市場は衰退しました。
 

 なぜでしょう?
 答は、きっとシンプルなんです。


 つまらないソフトが増えた、と考えるからいけない。
 たぶん逆なんです。いいソフトが激減した、と考えればいい。



 ATARI社は、ハードメーカーであると同時に、ソフトメーカーでもありました。いまでいう任天堂のような会社です。優れたソフトを作ってきた実績もあります。それらのソフトを生み出す開発陣がいるのなら、たとえ粗製乱造の時代になっても、「いいソフト」を作れたはずです。いきなり全員がダメな開発者になり、いいソフトが作れるなくなる――という事態は、ちょっと考えにくい。

 しかし、どうやら親会社であるワーナー社の経営が駄目だったようですね。そのため、ATARIから優れた開発者が逃げ出していった。ハードの魅力を支えるのはソフトです。しかし、そのソフトを生み出す才能がいなくなってしまった。なるほど、これなら、嗅覚が鋭いヘビーユーザーですら、ATARI VCSの市場から離れていった、と考えてもおかしくはない。


 すると、新たな疑問が湧いてきます。


 優れた開発者たちは、どこにいったのでしょう? 全員が無職になったのでしょうか? ゲーム開発から足を洗ってしまったのでしょうか?

 ヘビーユーザーは、どこにいったのでしょう? ゲーム&ウォッチのような、ライトユーザーをひきつけるマシンはありました。しかし、より高度なゲームを求めるヘビーユーザーもいたはずです。彼らは、どこに移住していったのでしょう。


 両者の移住先は、パソコン(マイコン)だったのでは?


 日本ですら、1978年に「MZ-80K」というマイコンが登場。マイコンブームがスタートしています。1982年には、以降のスタンダードマシンとなる「PC-9801」が登場しています。アメリカでは、1981年に世界初のIBM-PCが登場。1983年の前後には、かなり安価なパソコンが、アメリカに登場していたようです。

 当時のパソコンゲームの世界は、ちょうど「何かが始まりそうな予感」に満ちた、いわば黎明期にあたります。ちょうど「ULTIMA」「WIZARDRY」「ROGUE」など、新時代の到来を告げソフトが、その輝かしい歴史をスタートさせた直後です。すでにテキストアドベンチャーも、その歴史をスタートさせています。当時のパソコンは、まさしく「家庭用ゲーム機などよりも高性能で、斬新なソフトが遊べるマシン」でした。


 ATARI VCSは、市場を縮小させた。
 ライトユーザーは、ゲーム&ウォッチへと流れた。
 そしてヘビーユーザーたちは、パソコンという新天地へと移住していった。



 そう考えても、まるで不思議ではなさそうです。事実、このあたりを機に、アメリカのパソコンゲーム市場は、どんどん元気になっていきます。定番RPGがシリーズを重ねていきます。ファミコンが家庭用ゲームの世界を席巻している間も、独自の進化を遂げ、いずれ巨大な市場となる土台を、着実に作っていきます。これを支えたのは、1980年前半に移住してきたヘビーユーザーだったのかもしれません。

 アタリショックは、アメリカのテレビゲーム市場に空白期間を作りました。しかし、だからこそ人材(ユーザーを含む)がパソコン市場に流れ、独自のゲーム文法を生み出していった――と考えることもできそうです。マイナス面ばかり強調されるアタリショックは、じつは、それは後のテレビケームの進化に影響を与えるような、大事な副産物を産み落としていた可能性があるのです。


 いずれ、このパソコンゲームの文化と、家庭用ゲーム機の文化が出会う瞬間が訪れ、ゲームはさらなる進化を見せることになるのですが、それはまた、別の機会に。


[この項、終わり]
posted by 野安 at 16:23| Comment(3) | TrackBack(1) | アタリショック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 ここまで読んで下さった方へ

 4回にわたる長文を読んでくださり、ありがとうございます。

 ここまでに付けられたコメントやトラックバックなどは、すべて読んでおりましたが、当初から4回に分けた長文連載にする予定であり、途中段階での返答は見送らせていただきました。失礼に感じた方がいるかもしれません。お詫び申し上げます。

 アタリショックに関する文章は、ここでひと区切りとします。次回は、別のテーマで仮説を展開する予定。そう遠くない時期にスタートします。お時間がありましたら、次回の文章も、ぜひ楽しんでいってください。
Posted by 野安 at 2005年08月05日 16:26
ゲーム&ウォッチですか〜。納得スッキリです。でも、つい数日前にゲーム&ウォッチのこと書いてたのに思いつかなかったのはちょっと悔しいです。
それではまた新しい記事楽しみにしてます。
Posted by ひん at 2005年08月06日 21:22
手軽さがウイルスのように
感染すればいいのにね・・
一種の伝染病です

何を媒体として感染するのか楽しみです
Posted by @ at 2005年08月07日 17:47
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Excerpt: アタリショックアタリショックとは和製英語であり、広義ではゲームソフトの供給過剰や粗製濫造により、ユーザーがゲームに対する興味を急速に失い、市場需要および市場規模が急激に縮退する現象を指す。狭義では19..
Weblog: ゲームっていいね
Tracked: 2007-07-30 15:03
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