2005年08月12日

ハイスコア表示は、なぜ消えたのか[その4]

 「全滅させる」と「スコアを稼ぐ」。

 「スペース・インベーダー」には、2つの「成功」の形がありました。どちらを選んでも、「プレイ時間が長くなる」というご褒美が用意されていました。

 この2つの「成功」を、同時に目指すことはできません。一定の時間がたつとインベーダーが最下段に下りてきて、ゲームオーバーになるからです。タイムリミットがあるため、どちらかを優先せざるを得ないのです。

 そこで、UFOという存在が、大きな意味を持ってきます。

 画面上部を左右に移動するだけの存在であるUFOは、撃ち落とす必要はありません。面クリアを目指すにあたり、無視してもいい存在です。「スペース・インベーダー」の面クリアに必要なのは、5匹×11列のインベーダーを全滅させること。インベーダーを倒したときの得点は、10点、20点、30点の3種類で、全滅させて990点を獲得すれば面クリアが可能です。

 しかし、よりスコアを稼ぎたいのなら、UFOを撃ったほうがいい。「全滅」という「成功」を最優先させるのではなく、「全滅させることとは無関係」な、しかし「得点を稼げる存在であるUFOを撃つ」ことに、力を入れたほうがいいのです。

 UFOの得点は一定ではありません。撃った弾数によって変化します。たしか23発目で打ち落とすと300点という高得点だったはず。ただ撃つだけでなく、「どのように撃つ」かを考えることにより、スコアが変化するようになっていました。



 これらの要素があることにより、わたしたちは、「どのようにプレイするか」を選べるようになりました。ゲームが上手くないうちは、インベーダーを倒すことを優先すればいい。それが「ゲームを継続させる」ための最善手だからです。しかし上手くなってきて、余裕が出てきたらUFOを狙えばいい。より早く、砲台を増やすという「成功」を獲得できるからです。さらに上手くなったら、テクニックを使ってUFOを撃ち、さらに高得点を目指すことも可能でした。

 2つの「成功」が設定されていることにより、プレイヤーの技術(やゲームへの慣れ)によって、ゲームをプレイするときの目標を、各自で調整できるようになったのです。



 もしスコア表示が存在しなかったとしましょう。あるいは存在していたとしても、スコアによって砲台が増えるのではなく、たとえば「2面のインベーダーを全滅させたら、砲台が増える」というルールが設定されていたとしましょう。そうだったとしたら、このようなプレーの幅は生まれません。全員が、ただインベーダーを効率的に倒すことだけを考えたはずです。

 これは、与えられた環境を維持し、ただルーチンワークを続けるという、「ブロック崩し」と同じゲームになります。そこには「インベーダーを全滅させる」という、1種類の「成功」しか存在しないことになるからです。



 しかし「スペース・インベーダー」は2つの「成功」を用意しました。だからプレイ方法に幅が生まれることになったのです。自分の技術にあわせたプレイ方法を選べるようになったのです。初めてプレイした人はインベーダーの全滅に注力し、慣れてくるとUFOを倒すことにも力を入れるようになり……と、プレイするたびに自分自信が「自分に合った難易度のプレイ方法」を目指せる娯楽になったのです。だからこそ、上手くなっても飽きることなく、わたしたちはプレイ没頭してしまったのです。


 プレイヤーが、自分に合わせたプレイ目標を立てられる。それを可能にした初のテレビゲームが、「スペース・インベーダー」なのです。その事実こそが、「スペース・インベーダー」が持つ最大の歴史的価値といっていいでしょう。


 以降のテレビゲームは、いろいろな形での「成功」の形を用意しました。「ドットを消す」ことを成功と位置づけるゲームもありました。「アイテムを集めると面クリア」というゲームもありました。他にも、いろいろなものが登場しています。

 しかし、それらのゲームでは、特定のスコアになったとき、砲台(残機)を増やす、という形での「成功」も用意されていました。必ず、2つめの「成功」の形を用意したのです(そして同時に、クリアには関係なく高得点を取るボーナスも用意されました)。これにより、「スペース・インベーダー」以降のゲームは、「初心者から上級者まで、あるていどの幅をもったプレイヤーが遊べる娯楽」になり、長い期間にわたって楽しめる娯楽として、多くの人に愛されるようになったのです。

 ハイスコア表示とは、なんだったのか? それは、この「2つめの成功」を成立させるために存在したシステムだった、といっても過言ではありません。



 いずれゲームセンターの時代が終わり、家庭用ゲーム機の時代がやってきます。ゲームをめぐる環境は、大きく変化しました。プレイのたびにお金を払うのではないのですから、たとえゲームオーバーになっても、すぐにゲームを再開できます。

 「より長くゲームをプレイする」ことは、「ご褒美」ではなくなりました。同時に「スコアによって残機が増える」ことも、「成功」として位置づけられなくなりました。これにより、スコア表示のないゲームが増えていくことになります。ハイスコア表示があるゲームが、どんどん減っていったのは、そのためです。

 現在のゲームに、ハイスコア表示がないものが多い理由は、ここにあるのです。



 とはいえ。
 しかし、いまなおハイスコア表示が意味を持つゲームも存在します。家庭用ゲームでも、そのようなゲームは存在します。なぜ、ここにはハイスコア表示が残っているのか? ハイスコアが存在することを楽しんでいる人がいるのでしょう?

 じつは、これを説明するには、ちょっとスペースが足りません。いずれまた、別の機会に。

[この項、終わり]
posted by 野安 at 16:23| Comment(4) | TrackBack(0) | ハイスコア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月11日

ハイスコア表示は、なぜ消えたのか[その3]

 「成功」したことにより「ご褒美」がある。

 これが、テレビゲームの基本構造です。「ご褒美」を得られるような「成功」をしたとき、わたしたちは「気持ちいい」と感じます。わたしたちがテレビゲームにハマる理由は、ここにあるのです。

 そんな視点で、「スペース・インベーダー」を見てみましょう。これは画面にいる55匹のインベーダーの全滅を目指すゲームです。全滅させると1面クリアとなり、次の面がスタート。つまり「全滅させる」ことにより、「より長くゲームをプレイする権利=ご褒美」が得られる、という構造になっていることがわかります。「インベーダーを倒すこと(全滅に近づけること)」が「成功」である、と位置づけられているのですね。


 あれ? それって「ブロック崩し」と同じじゃないの?
 すべてのブロックを消せばいい、という意味では同じ構造だよ!


 と思う人もいるでしょうが、ちょっと違うのですね。「ブロック崩し」では、「ミスしない」かぎり、延々とゲームを続けることができました。ブロックを消したかどうかとは関係なく、「ミスせずに打ち返す」ことが、「ゲームを続ける権利を獲得できる」ことに直結していたのです。だから、こちらでは「ミスせずに打ち返す」ことが、「成功」と位置づけられることになります。

 「スペース・インベーダー」は違います。55匹のインベーダーは、ゆっくりと接近してきます。最下段まで到達するとゲームオーバーなります。つまりタイムリミットが設定されているのです。「ミスしない」だけでは、いずれゲームが終わってしまうため、「より長くゲームをプレイする権利を得る」ためには、「敵を撃つ=全滅に近づける」ことが必要になっているわけですね。

 「スペース・インベーダー」には、タイムリミットがありました。だからこそ「敵を全滅させる」ことこそが「成功」として位置づけられ、それによって「ゲームを続ける権利を獲得できる」というご褒美が得られる――という構造になっているのです。わたしたちが、インベーダーを撃つときに「気持ちいい」と感じたのは、そのためです。

 「全滅」させることが「成功」である。

 これが「スペースインベーダー」が成立させた、まったく新しいフォーマットだったのです。そしてそれは、以降のテレビゲームの、基本フォーマットになっていくのです。




 さて。「スペース・インベーダー」が成立させた新しいフォーマットは、それだけではありません。もうひとつ、さらに革命的なフォーマットを成立させています。

 それが、ハイスコア表示です。

 「スペース・インベーダー」には、インベーダーを「全滅」させる以外にも、「より長くゲームをプレイする権利」を得る方法が、もうひとつ設定されていました。「スコアが一定値を越えると、砲台が増える」というルールが用意されていたのです。

 スコアが1500点に到達すれば、砲台が増えました。砲台が増えるということは、「より長くゲームをプレイする権利」を獲得したことにほかなりません。つまり「スペース・インベーダー」では、「スコアを稼ぐこと」も、「より長くゲームをプレイする権利を得るための、ひとつの成功である」と位置づけられているのです。

 ハイスコアという概念を持ち込み、そこに連動して「砲台を増やす」というご褒美を用意したことが、「スペース・インベーダー」というゲームが持つ、最大の歴史的価値といってもいいでしょう。

 なぜなら、それはテレビゲームの歴史において、「スコアを稼ぐこと」が「成功である」と位置づけられた瞬間だからです。

 「ブロック崩し」でスコア表示があったかどうかは印象に残っていなくても、「スペース・インベーダー」でスコア表示があったことを明確に記憶しているのは、このためです。



 「敵を撃つ」と「得点を稼ぐ」。「スペース・インベーダー」では、2種類の「成功」が用意されました。じつは、これは、とてつもなく革命的なことでした。タイムリミットのあるゲームの中で2種類の「成功」を存在させることは、とてつもないメリットをもたらしたのです。それは、その後のテレビゲームの基本形となりました。以降のテレビゲームの大半は、この構造をアレンジした亜流に過ぎないといってもいいほどです。

 さて。そのメリットとは、具体的には、どんなものだったのでしょう?


[この項、まだ後日に続きます]
posted by 野安 at 17:53| Comment(2) | TrackBack(5) | ハイスコア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月10日

ハイスコア表示は、なぜ消えたのか[その2]

 「ブロック崩し」には、得点表示はあったでしょうか?


 というクイズが成り立ってしまうくらい、リアルタイムで「ブロック崩し」をプレイしたいた人であっても、そこに得点表示があったかどうかの記憶は曖昧になっていると思われます。結論からいうと、得点表示はありました。画面上部に表示されています。しかし、多くの人にとって、あまり印象に残っていないことでしょう。そもそも「オレのハイスコアは128点だよ!」といった会話は、当時から、あまり聞いたことがありません。


 なぜ、スコアを気にしない人が多かったのでしょう?


 その理由は、きわめてシンプルです。
 「ブロック崩し」とは、「ブロックを消すこと=得点をとること」を目指すゲームではなかったからです。



 え? そんなわけないよ。これはブロックを消していくゲームじゃん! と思った人もいるでしょうが、それは大間違い。このゲームでもっとも大切なのは、「ボールの運動を止めないこと=ボールを打ち返すこと」です。「ブロックを消したけれど、打ち返すのをミスした」のと、「ブロックを消せなかったけど、打ち返すことには成功した」のを比較して、どちらをベターかを考えてみれば、答えは一目瞭然でしょう。

 どうしても信じられないという人は、いまから「ブロック崩し」をプレイしてみてください。2005年現在でも、ケータイなどで遊べると思います。ブロックを消した瞬間よりも、ボールを打ち返した瞬間のほうが、はるかに気持ちいいことに気づくでしょう。ちゃんと打ち返せると、「よっしゃ!」と、嬉しい気持ちになっていくはずです。

 もう一度いいます。「ブロック崩し」は、ボールを打ち返すことが楽しいゲームです。ボールを打ち返す瞬間のドキドキ感は記憶していても、スコアを稼いだかどうかの記憶が思い出せない(あるいは薄れている)のは、そのためなのですね。


「成功」に対して「ご褒美」を用意することで、プレイヤーを熱中させる。


 これが、いまなお脈々と受け継がれている、テレビゲームの基本構造です。じつは、この基本構造を成立させた初のゲームが「ブロック崩し」なのです。成功する(ミスしないでボールを打つ)と、ご褒美(より楽しい時間を継続する権利)が得られる、という形で登場しています。

 ゲームセンターに置かれるゲームとしては、これはきわめて正しい「ご褒美」でした。ゲームセンターでは、わたしたちは、先にお金を払っていました。だから「より楽しい時間を継続する権利」を得ることは、なによりのご褒美だったのですね。

 「成功する」たびに、「ご褒美」を獲得できる。それは、プレイヤーにとって「すごく気持ちいいこと」でした。そして、「すごく気持ちいいこと」が味わえる娯楽だったからこそ、「ブロック崩し」は大人気ゲームになりました。

 「ブロック崩し」以前のゲーム――たとえば1960年代に作られた「SPACE WAR」は時間制のゲームだったようです。1950年代の「TENNIS FOR TWO」や、その後継ゲームとなった「ピンポン」や「ポン」が、相手のミスによってポイントを獲得するゲームでした。これらの古典的なゲームと比較すると、「自分が成功した瞬間、ゲームのプレイ時間が延び、楽しい時間がより長く続く」というご褒美が用意されている「ブロック崩し」は、それまでとは違う快楽発生構造を持っていることがわかります。古典的なゲームがリメイクされることはなくても、いまなお「ブロック崩し」がリメイクされているのは、そのためです。

 
 さて。「ブロック崩し」以降、テレビゲームならではの快楽発生構造は、さらに発展・進化をしていくことになります。


 そこに登場したのが「スペース・インベーダー」です。この大ヒットゲームの中で「ハイスコア表示」というシステムが採用されたとき、ゲームの歴史が大きく変わりました。これによって、ゲームの快楽発生構造は、飛躍的な進化をみせることになるのです。


[この項、後日に続きます]
posted by 野安 at 15:58| Comment(3) | TrackBack(0) | ハイスコア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月09日

ハイスコア表示は、なぜ消えたのか[その1]

 ハイスコア表示は、昔のテレビゲームの基本フォーマットでした。


 それは自分の実力を示す記録でした。過去の自分のスコアを越えたときには喜びを感じることができました。その台に記録されていた「他の誰かが叩き出したハイスコアを抜くという喜び」を与えてくれることもありました。ときには「店の歴代ハイスコア」としてゲームセンターの壁に貼られることもありました。ハイスコア表示は、自分あるいは他人の、どちらが優れているかを示す指針として機能していたのです。


 しかし、だとするならば、ここで疑問が湧いてきます。


 ハイスコア表示が、「自分の記録を抜く」「他の誰かを越える」ことに喜びを与えるためのものだったのなら、いまなお広く生き残っていても、おかしくないような気がするのです。


 あらゆるスポーツ競技がそうであるように、人間は、記録の優劣を競い合うことに普遍的な喜びを感じてきました。世界中で、多くのアスリートたちは、いまなお記録を競い合っています。

 なのにテレビゲームにおいては、ハイスコア表示が、いつの間にか自然と消滅していきました。いまや、ハイスコア表示のあるゲームは、きわめて少なくなっているのです!


 これは、なぜなのでしょう?
 多くの人が、まったく「気にしていない」ことかもしれませんが、よく考えると不思議なんです。ちゃんと説明できる人は、きわめて少ないはずです。


 なので、今回は、この謎に挑むことにします。


 そのためには、じつはテレビゲームの歴史を紐解く必要があります。まずは、テレビゲームの原点である「ブレイクアウト(ブロック崩し)」について、考察してみましょう。記憶を辿って、思い出してみてください。


 テレビゲームの原点である「ブロック崩し」には、得点表示があったでしょうか?


[この項、後日に続く]
posted by 野安 at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ハイスコア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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